[過去記事]「なぜ山に登るのか?」
「なぜ山に登るのか?」「そこに山があるからだ」
これは、イギリスの登山家、ジョージ・マロリーの言った言葉だそうです。
皆さんも聞いた事があるのではないでしょうか?
少し前になりますが、会社の研修で「将来の自分を考える」研修がありました。
入社10年前後、30代前半を対象としたものです。
普通、研修というと、
何かの技術や技能、外国語などについての習得や学習が目に浮かぶと思いますが、
この研修は自分が将来、どういう道に進んでいきたいかというのを考えるものでした。
自分も、こういう研修は初めてだったし、こうやって3日間、
将来について考える事ができたのは、とても有意義でした。
基本的に、仕事についての将来を考える研修ではあったが、
自分の人生についても深く考える事が出来た気がする。
さて、話しは最初に戻って、その研修の講師に、
産能大学の安藤先生という方がおっしゃられた話しの中で印象に残った
「山のはなし」を書きたいと思います。
「ある山があったとします。あなたはその山に1人で登っています。
通常、山頂に行くまで6時間かかるところ、おおよそ半分の3時間ほど登ってきました。
今は、昼ちょっと過ぎたくらい、そろそろ折り返し地点といったところ。
ところがしばらく行くと、目の前に前日の雨からか広い範囲で崖崩れを起こしていて、
山道が塞がれていることに気が付きました。
さて、そんな時、あなたはどうしようと思いますか?」というものです。
受講者のみんなからいろんな答えが出ました。
「なんとかその崩れたところを直してその道を進んでいく」
「別の道が無いか探して、他のルートから山頂を目指す」
「このまま日が暮れてしまわないうちに山を降りる」
など、いくつか答えが出されましたが、
先生はもっと他の意見はありませんか?と言います。
そうすると、「この山に登ることはあきらめるが、別の山で山頂を目指す」。
そうです。先生はこの答えを待っていたんですと言っていました。
これは、山に登るというたとえ話ですが、
目的に対して手段はいくつかあり、そして手段は変わる、
ということを伝えたかったということでした。
「なんとかその崩れたところを直してその道を進んでいく」のは、"原状回復"、
「別の道が無いか探して、他のルートから山頂を目指す」のは、"改善"、
「このまま日が暮れてしまわないうちに山を降りる」のは、"撤退"、
そして、「この山に登ることはあきらめるが、別の山で山頂を目指す」のは、
"革新"と呼ぶのだそうです。
「山頂を目指す」という目的に対して、
上の例のように手段は変わっても、目的が変わることはないのだ、ということなんですね。
たとえば、「もっと楽しくソフトバレーがしたい」、
という目的に対して、手段はいくつかあります。
「今所属しているチームでみんなと交流を深め、レベルアップしながらやっていく」ことや
「他チームとの練習試合や他県への遠征などでいろんなことを経験しながらやっていく」こと
もあれば、
「とりあえず休部する、もしくはチームを解散する」ことや、
「別のチームへ移る、もしくは別にチームを結成して活動する」ということも、
これは極端な例ですが、手段としては考えられることなんです。
人にはいろんな考え方があります。
そして、人は それぞれの理由・事情・習慣・考え・・・などで 動いています。
人を動かすには 何らかの気持ちの変化があって、それが元で行動し、
その中でいろんな人と出会い・・・そういった繰り返しです。
こうやっていくつかの手段がある中でも、
その時の状況や環境によって選択肢も広がったり狭まったりします。
そういった中で、
苦渋の決断をしなくてはならない場面も数多くあるのではないかと思います。
その、決断をする時に役立つ考え方として大切なのは、
1つめは「一番大切なものは何か?」を考える事、
2つめは「覚悟を決め、後悔しない決意」をする事、
そして3つめは「何もしないよりもいい経験」と考える事、です。
また時と場合によっては、
「このままでいい」という事も1つの選択肢としてあると思います。
人生の中でも決断をしなければならない場面は数多くありますが、
人生を左右するような重要な決断を迫られる時もあります。
でも、たとえどんな決断をしたとしても、
上のような考えをすることで、どんな選択をしたとしても
その人にプラスになるのでは?と私は考えます。
逆に、過去の出来事や誰かのせいにしてみたりするような
後ろ向きな考えになるようでは、どんな決断をしたとしてもマイナスにしかならないでしょう。
それと、自分で決断の出来ない人もいます。いつも人に判断を委ねるというような。
たしかにそれも選択肢としてはありかもしれませんが、
なんか責任逃れをしたいだけっていう気もします。
そんな人は結局あとで誰かのせいにしているんでしょうね。
人間社会では、算数のテストのように答えは1つではありません。答えはいくつもあります。
そして、考え方1つで、別の人と同じ選択をしたとしても、
一方では正解にもなるし、不正解にもなることもある気がします。
人生で少しでもよい結果を得るために必要なのは、
謙虚さと寛大さの心ではないかと感じています。
頼りにされる人、困った時に顔が思い浮かぶ人。
そんな人は、謙虚で寛大な心の持ち主だからです。
「人を喜ばせれば、喜びが返ってくる
人に親切にすれば、親切が返ってくる
人を愛すれば、愛が返ってくる
人を幸せにすれば、幸せが返ってくる
人にいいことをすれば、
自分に返ってくる可能性が高くなるのではないでしょうか。
その前に、人に対してやさしい気もちになれることは、
それだけでも自分にとって幸せなことです。」
直接その人から返ってこなくても、知らない誰かから返ってくる事もあります。
そうやって人は誰かを支え、誰かに支えられて生きているんですよね。
こういう気持ちで人生を送ることができれば、
きっとその先には幸せが待っている気がします。
私も「少しでも幸せに生きていくために・・・」 自問自答している毎日です。
- 2007-12-25
- ソフトバレー
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