いじめ論-2

さて、「いじめ」は、ある意味、誰でも される側に、する側に なる可能性を秘めている、というのも感じます。
僕自身も、「いじめ」では無いのかもしれませんが、いくつかそういった記憶があります。
3〜4年生の頃には、クラスのある女の子が「不潔だ」という理由で、いじめられている子がいたり、いじめっこだった男の子が、クラス全員から反感をくらい、逆にひとりぼっちになったり、中学の頃には、不良グループから抜け出したいと言った子がリンチにあったり、などもありました。
具体的に自分が関わった話しだと、小学校2年の頃、隣りに住むK君という子と学校も一緒に帰り、帰ってからも結構遊んでいました。
その彼は、ちょっと"とっぽい"感じだったので、上級生から目を付けられていました。当然、僕にもそういう目が向けられていました。
ある学校帰りには、石を投げてきたり、嫌がらせみたいなことをされましたが、僕らは毅然としていました。
「別に何か悪いことをしてるわけじゃないんだから・・」
結構長い間、そういうことをされたと思いますが、いつの間にか、そういうこともなくなっていきました。
結局のところ、面白がって下級生をいじめていただけなんですよね。
高校の頃には、クラスのA君という僕の隣の席だった子が 家庭環境を理由に無視みたいなのをされていました。
彼と出身中学が同じ子が中心となっていたようです。僕は隣の席だったこともあり、結構話したりしていたと思います。
元々、僕は派閥に入ったりしなく、周りとはニュートラルに付き合うタイプなので、彼ともそれほど仲良しというわけではありませんでしたが、そういう雰囲気を察知して、できるだけ孤立しないように声を掛けていました。
僕が何かされることは無かったんですが、彼はクールでおとなしい感じだったので、なかなか周囲とも打ち解けられなかったのかもしれません。
ただ、趣味で音楽をやっていたので、学校以外で発散の場があったのがよかったんでしょうか、登校拒否とかもなく何とか一緒に卒業することができました。
一度だけ、彼にお願いされてアルバイト先の手伝いに行った事があったのですが、ハキハキと仕事をしてる姿をみて結構驚いた記憶があります。
「本当はこういう奴なんだな」と安心したのを覚えています。
高校のバレー部では、逆に僕が標的にされたこともありました。
たぶん、上の事とも関係しているし、上級生にも好かれていたので、妬みというか わたしを気に入らない奴がいたようで、結構長い間、シカトみたいな仕打ちを受けたこともありました。
正直 精神的にも落ち込んだことありました(十二指腸潰瘍にもなった・・)。
でも、自分に非が無いんだし、こんなことで負けるわけにはいかない!と思い、今まで以上に練習や勉学などに打ち込みました。
あの頃は、何でも 自分自身で解決しようと思ってしまって。そんなこともあって、人間的にも強くなれたと思います。
いろいろあった後、高校3年の時は、キャプテンを任されることになりました。
実は最初は別の奴がやってたんですが、途中で後輩から「あの人にはついていけない!」と反発が起きて、最初にキャプテンになった奴から引き継いだのですが・・・。
やりづらかったし、大変だったですよ。顧問の先生も、毎回来てくれるわけではなかったので、キャプテンがある程度仕切っていかなくてはいけなかったですし。
でも、貧乏くじだとはわかっていても、上にも書いたようなことがいろいろあった中、少しは認められる理由があったんだな、間違ってなかったな、と その時は内心うれしかったことを覚えています。
キャプテンの時には、部員の喫煙事件があり、学校内で謹慎処分をくらったこともありました。
僕自身は吸ってはいませんでしたが、責任を取る意味で 自ら罪に服しました。
もしかしたら、就職や進学が取り消しになってしまうかもしれなかったんですが、そんなことよりも仲間を優先することを選んだのです。
それから10年くらい経ったある正月、連絡を取り合って、仲の良い友達と集まることになったんですが、当時バレー部で同じだったM君も来ていました。
たまたま、途中2人になった時間があった時、「あの時は悪かったね・・。オレもずっと謝ろうと思ってたんだけど・・・」と言われました。
「もう遠い昔のことだから・・気にしないで!でも逆に、あの頃があったからこそ、今があるのかもしれないしね。」なんて言ったと思います。
その頃は、病気で長い間入院した後のことだったので、余計にそんなことを感じていたと思います。
少しわだかまりは取れたのかな? その後の飲みの席ではおおいに盛り上がっていました。
その彼以外の部員には、卒業以来会うこともありませんが、今の僕がどのように映っているでしょうか?
もし出会えたら、胸を張って 「今も幸せに生きてます!バレーも続けてます!」って言えると思います。
まあでも、男だからさらっとしてたけど、女のいじめって怖そうですから・・・どうなんですかね・・。
みんなと同じなら・・と安心している人って多いんじゃないかと思います。でも、そんな人生なんて、きっとつまらないですよね・・・。
だからといって、何でも自由にやっていいというものでもないのですが・・。
先日、柔道家で全日本選手権10連覇の経験を持ち、アニメYAWARA!のモデルと言われる山口香さんが出演していたラジオをたまたま聴いてたら、
「チャンピオンは孤高でないとチャンピオンでいられない」という言葉を言っていました。
みんなと仲良し・・だけでは、絶対に1番にはなれないということなんです。
一番になるために、人がやらないようなトレーニングだったり、練習だったり、立ち居振る舞いまで、ストイックにこだわったそうです。そうしてきた結果、10連覇達成。
これは極端な例ですが、孤独や困難を耐えられない人は、きっと幸せを掴むことはできません。
時に人間は、何かを掴むためには、孤独に耐えられる精神的な強さもないと、生きていく事ができないんですよね。
どんなに辛い時があっても、いつか陽の目を見るときが来る。そう信じてやっていれば、きっと次につながっていくんじゃないでしょうか?
そういった意味で言えば、自分としても「いじめ」を経験したことで、人間を知り、自分を知り、そして今に至っているんだなぁとつくづく感じますね。
だからこそ、今も強い意志を持って いろんなことにチャレンジしたり、様々なことがらに臨めていると思います。
さて、話は変わりますが、先日、我が家の双子達が、学校で賞状をもらったきたとの事。
なんでも、夏休みの宿題で描いた防災ポスターの絵が選ばれたそうで、
学校全体で4人選ばれたそうですが、うち2人はうちの双子で、もう1人はいとこの子がもらったみたいです。これって結構すごくないですか?
その話を、会社に居る時にメールで知ったんですが、思わず周りの人に言いふらして回ってしまいました・・。
家に帰ってからも「すごいね!こんなのなかなかもらえるもんじゃないよ!才能あるかもね」と、1人1人に言ったら、とても喜んでくれていました。
朝礼かなんかで全校生徒が集まる中でもらったらしく、緊張したみたいだけど、自信がついたんじゃないですかね?
賞状なんて、誰でももらえるわけじゃないしね。しばらくの間、市内のショッピングセンターなどで貼り出されているそうです。
正直、絵の評価って、選ぶ人によっても変わると思うんですが、たぶん何か惹かれるものがあったんでしょうね。
塾やらスポーツクラブやら習い事をさせる家が多い中、うちの子もと思っていたんですが、本人達が乗り気ではなかったようだったので、
絵を描くのが昔から結構好きだったことから、2ヶ月ほど前から近くでやっている絵の教室みたいなのに行くことになりました。つまらなかったら行かなくても、ということで。
それが、意外とおもしろいみたいで、今も行っているようですけど、そこに行ったからよくなったとかいうんじゃないとは思いますが、そこの先生はとにかく褒めるみたいですね。
その先生の役割としてある意味”お手伝い”なんですよね。描くのは本人ですから、褒めることで本人にやる気を起こさせる、というわけですね。
僕としては、幼児の頃に、公園に行ったら グランドに、そして毎晩寝る前に 「せんせい」 などで、アンパンマンやらドラえもんやら、創作のまちがい探しやらを描いていたのが、今につながってると勝手に思ってますが・・。
そういう僕も、たしか小学校3年生だったか、図工の授業である絵を描きました。その時のテーマは「ランドセル」。
僕は自分の背負っていたランドセルを描いたわけですが、その作品が、なんと県で賞を頂きました。
自分では、何が評価されたのかはよくわかっていませんが、肩に掛かる紐の部分を結構リアルに描いていたと記憶しています。
で、その作品は、僕の8つ下の妹が学校に居た時も、額に入れて図工室に飾ってあったそうです。今はもう無いでしょうけどねー。
その後も、地元の「秩父夜祭り」というお祭りの絵を描いて賞をもらったこともありました。
そんなことがあって触発され、また絵を描いてみようかな〜と思っている今日この頃です。
「成績や結果などは別によくなくてもいいから、最後まであきらめずに一生懸命やろうね」というのがうちの方針です。
<こいずみ家の あいことば>
こ (おわったことより)これからのことを かんがえよう
い いつも げんきに あいさつをしよう
ず ずっと すこしずつでも つづけられるように がんばろう
み みんなを じぶんを しんじていれば だいじょうぶ
でも、絵の賞もそうですが、先日の運動会で徒競走3人とも1番だったし、クラスでもまあまあ人気があるみたいで・・。
ただ、目立ちすぎても標的になることもありますからね・・。まあ適当が一番いいんでしょうが。
すくすくと育ってくれることを祈りながら、「いじめ」る側にも、「いじめ」られる側にもならない、自分の意志をしっかり持って、自分で判断できるような人間になってくれることを願いたいと思います。。
最後に、昨日新聞で読んだある文章の全文を載せたいと思います。これを読んで、あなたは何を感じるでしょうか?
「いじめられている君へ」 〜児童文学者 あさのあつこさん〜
「おれはおまえの文章が好きだ。才能があるぞ。」
中学のとき、先生はわたしの作文をそんなふうにほめてくれました。
作文の内容は忘れましたが、先生の言葉だけはよく覚えています。
何となく「もの書き」になりたいと思っていた私は、「夢を捨てなくていいんだ」と、自信を持つ事ができました。
その頃の私は、勉強も運動も真ん中の下くらい。
「ほかの人と違う人でありたい」と考えているのに、「ちがいを出すにはどうすればいいの」と迷っていました。
「あまり違いすぎてもこわいな」とも思っていて、「誰か答えを教えて」という気持ちでした。
先生がほめてくれたのは、そんなときです。
もし前日に私がいなくなっていたら、こんなすばらしい瞬間に出会えませんでした。
こうした瞬間が来るのは明日かもしれないし、10年後かもしれません。
でも、君達より何十年も長く生きてきた大人として、これだけは言えます。
「すばらしい瞬間は必ず来ます」
中学野球が舞台の小説「バッテリー」を読んだ若者から手紙をたくさん受け取りました。
「元気が出た」「明日、学校へ行ってみます」
そんな手紙を受け取ると、「自分が誰かを支えている」と、とてもほこらしく感じました。
「もし私がいなかったら、その人を元気づけるものが一つ減っていた」と。
人は生きていれば必ず、誰かに支えられるだけでなく、誰かを支えています。
もし、あなたがいなくなれば、あなたに支えられるはずだった大勢の人を悲しませることになるのですから。
- 2006-11-15
- 社会の出来事
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