「鈍感力」



(少し前に別のところで公開した内容を再編集して掲載しています)

「鈍感力」っていう本が今売れているらしいです。

前首相の小泉純一郎さんが
安部総理に向けて「鈍感力が大事だ」と言ったそうで。
辞めてもなお、影響力を持っているなんてすごいなって思います。


で、僕もその本、ずっと気になってたんですが
売り切れとかで、なかなか手に入らなかったんですけど
ふと立ち寄った本屋さんにあったので即買いました。

僕、少なくとも月に1回くらいは本屋さんに寄るようにしてます。
買うのはマンガではなく、活字のものね。
本を読むと、いろんな人の考え方というか、
こういう考え方もあるのね、などと考え直すことができるからです。
少なからず、ブログや日記などの文章も
そういった影響があるかもしれませんね。


さて、「鈍感力」っていうのはどういうことなのか?

「鈍感なのは生きていくうえで、強い力になる」

「ひりひりと傷つき易い、鋭く敏感なものより、
たいていのことではへこたれない、鈍く逞しいものこそ、
現代を生き抜く力であり、知恵でもあるのです」

と、著者である直木賞作家の渡辺淳一さんは言っています。

要は、
「人生を送る上で鋭いよりも鈍いくらいのほうがちょうどよい」
ということみたいです。



僕のこれまでの人生を振りかえっても、
たしかにそうなのかもなぁ・・って思うことありました。

っていうか、この「鈍感力」って、
僕の生き方そのものって感じがしました。

たしかに「鈍感」ですけど、
「鈍感」と「敏感」の程よいバランスというか、
その時と場合によってうまく使い分けられる能力が
「鈍感力」ってことなのかなぁって僕は考えています。

いわゆる「思いやり」ってのが大事かなと。

だから、単に何事にも鈍感であれ、っていうことでもないと。

僕の場合、最初からそうだったわけじゃなく、徐々に
歳を重ねるごとに、自分で気付き、そして生き抜くために、
変わってきてる部分も大きいかもしれません。


「鈍感力(集英社刊)渡辺淳一さん」
ぜひ読んでみて下さい。

この本の紹介サイトもあります。
http://www.shueisha.co.jp/donkanryoku/



(話が長くなりますので 以降は お時間のある方へ・・・)

小学校4年生の頃だったか、
クラスの投票でクラス委員を任されることになりました。

結構引っ込み思案で、前に出るのが好きなタイプではなかったので
当初は断ろうと悩んでいました。

それまでの通信簿などでは、毎回のように
「もっと積極性を出すように」って書かれてましたから。

でも、投票で一番多く票を集めて選ばれたってことは
それだけ、みんなの期待?があるんじゃないかって勝手に思って、
やってみるか!ってやっぱり引き受けることにしたんです。

いざやってみると、確かに大変なことはありましたけど、
今まで気付かなかったことや見えなかったものが
見えてきた気がしましたし、
こういった役割をやることで、責任感みたいなものも
かなり出てきたのかなぁって思います。

たしかに、先生には
「キミはリーダーとしての能力があるんだからがんばってね!」
って昔からよく言われてました。

ここで、「いや僕には絶対できない、やりたくない」
って感じになっていたら、たぶん今の僕はないかなぁ・・。

周りの人からの後押しが、すごく自信になって
よいきっかけになったと思いますね。


その後、高校の時には、バレー部でキャプテンを務めました。
実は、最初は僕じゃなかったんですよ。

後輩達から「あの人じゃついていけません・・」って言われて、
3ヶ月くらい経った途中から僕がやることになったんです。
他にも同級生は10数人居たし、
以前からレギュラーを張っていたような人も居る中で。

こういう状況で引き受けるのって、
かなり勇気のいることだし、ある意味失敗は許されない。
でも、その時はあんまり深くは考えず、
オレしかいないでしょう、みたいな気持ちでやっていたと思います。

先生もたまにしか来ないような感じだったし、
キャプテンにかかる負担は結構あったのですけど、
皆に助けられながら何とかやっていた感じですね。

また、夜8時までの練習が終わった後、帰ってからも自主的に
サーキットトレーニングや筋トレ、壁打ちなどをしてました。
やっぱ、キャプテンとして恥ずかしいプレーはできないからね。

ちなみに通学は自転車でアップダウンのある道を
約30分くらいのところでしたので脚はかなり鍛えられました。


さてそんな中で、部室での喫煙事件が発覚。

僕自身は吸ってなかったんですが、自ら申し出て
当事者と一緒に約1週間の謹慎処分を受けました。
たぶん、進路にも影響があるような微妙な時期でした。

実はその以前、
同級生から仲間外れ的な扱いを受けたこともありました。
まあ、嫉妬みたいなものですね、たぶん。

そんなことがあったけれど、
まだまだやりたいことがたくさんある若い時だし、
そんなことをいちいち気にしてるようじゃ器が小さい!
っていう感じでした。なんか、変に自信がありましたねぇ。


あと、実は昔、芸能人の卵でした(汗)
オーディションを受けて合格し、
とある事務所にレッスンに通っていたことがありました。

で、これを受けることになったのは友人からの勧めで・・
軽いノリで送ってみたら、書類審査に合格し、
2次の会場審査にも合格してしまったって感じでした。。

でも、せっかくここまで来たんだからやってみようか!
っていう感じで始めたと思います。
ここでも、あまり深く考えずに、
よい経験、、と思ってやっていたと思います。
(ただ、1年しないうちに一身上の都合で辞めることになりましたが・・)
たしかに、誰でも出来る経験ではないし、
多くの中から選ばれた!っていう自信にもなっているはず?!


会社に入ってからは、
生産管理システムの見直しをするってことで、
ものづくりの現場で工作機械などを使って
鉄を削る仕事をしていた僕に白羽の矢が立ちました。

若手社員全員で知能テストみたいなのをやったんですけど、
別に最高得点でもなかったのですが選ばれました。
あとで聞くと、バレーつながりとキャプテンの経験なんですね。

その頃その配置を決めたのは、元バレー部の上司でして
僕の人柄を買ってくれたのでした。まだ入社2年目のことです。

でも、生産管理なんて全然知らないし、
ITの基礎知識もほとんど無いような状況。

その時代は、Windows3.1が世の中に出た頃でした。
職場にもCAD専用のオフコンなどはありましたが、
パソコンと呼べるものは1台しかない頃でした。
職場内にはもちろん知ってる人はいなく、
社内でもなかなかそういうことを教えてくれるレベルの人がいません。

また、生産管理に至っては、2年目といっても、
1年目は別の施設で研修だったので、
事実上、仕事のしくみなんか全然知らない頃です。
生産管理って、生産や資材調達、会計などに関わる
ほぼすべての業務を把握してないとできないものなので、
難易度は高く・・。
普通、それぞれの人の担当業務って範囲が決まってるので、
全体をわかっている人って意外と居ないんですね。

そういった中でも期日は迫ってくる・・


そんな状況なら途方に暮れてしまう人も多いところ、
せっかくもらったチャンス、生かさない手は無い!
と思えたのがよかったところなんでしょう。

とにかく、いろいろ本を読み漁ったり、
いろいろな研修や教育に行かせてもらったり、
導入を一緒に行なったベンダーさんに教えてもらったり。
現場を回っていろんな人に話を聞いたり。

学校に行ってる時よりも間違いなくかなり勉強しました。
人間、必要に迫られるとすごいですね。

でも、今でさえ、本などはわかりやすく説明してくれてますし、
インターネットでも情報を探せますけど、
その頃は、まず言葉の意味がわからない、
英語の表現が多いなど、かなり苦労はしました。

そしていよいよシステムの立ち上げに至る部分では、
各関係区との調整、データの整合、使い方の教育、等々。
また、パソコンの導入についても予算計上から注文、
ネットワーク構築からセットアップ作業に至るまで、
ほぼすべての事に携わりました。
今ほど使いやすいものではなかったし大変でしたねぇ。。
約3ヶ月間、徹夜・休日出勤が続くような感じでした。

でも、なんとか業務が無事に流れるようになってからは
すごくやった甲斐がありましたし、何よりホッとしました。

まあ、そこからがスタートで、時代も常に変わるし、
いつでも新しい要求をされるものですので、
今でも常にいろんなことにアンテナを貼ったり、勉強の毎日です。
まだまだやり切ったという感じはしてませんね。
でも、それだけやってきた経験はすごく自信になってますね。

あの時、へこたれてつぶれてしまっていれば
この経験もできなかったし、今も無いなって思います。。



その数年後、原因不明の病気で
全身が動かなくなり、約3ヶ月間の入院を余儀なくされました。
最初は足先がしびれるくらいだったのが全身に広がり、
ちゃんと歩けなくなってきたかと思えば、立ち上がれなくなる。
ベッドから起き上がることもできなくなり、
ついには自分の力で手足は動かせない状態になっていました。
一時は呼吸も困難になり・・。

病気を知っている人は、
治療法が確立されている病気だと言われるのですが、
誰にでも当てはまるわけでもないし、
何より本人が大変な状況なわけで。

病院ってとこは そういうとこか、
なんて思ったこともありましたけど
不信感があったのでは、いい治療もできないわけで。

とにかくどんなことがあろうとも、
信頼する気持ちと、自分を強く持とうということを考えていました。
自分で全く思い通りに身体が動かなくなるということは
かなりショッキングな出来事でしたが、
治った時の姿を思い浮かべていたら不思議と力が沸いてくる感じでした。

お見舞いの際、奥さんも言ってましたが
「こんなに精神的に強い人だと思わなかった」と。

いや、たぶん強いんじゃなくて、
深く考えてないようにしていただけなんじゃないかと思うんですね。
実はすごく悩んでたりもするんだけど、
そうじゃないように見せることで、
知らないうちに悩みも忘れちゃう、みたいな感じ。
自己暗示みたいな感じかな?


うん、たしかに忘れちゃう能力って僕、高いと思います。

忘れちゃうんで、何かに書き留めたりしないとダメなんですね。
なので、どっか行く時は、ペンと紙、
忘れないうちにパソコン等でまとめてしまったり、
もしくは 携帯の中に残しておいたりしてますね。

で、なるべく心がけてることは、
イメージなんかを記憶に残るようにしてる。


その入院の頃、リハビリによって少し手が動くようになってからは
ペンとノートを用意してもらい、絵や詞を書いたりしてました。
今、こういう時じゃないと、忘れてしまう気持ちってあるでしょ?

事実、元気になってしまうと気付けないものもあるけど、
ふと、その時書いたノートを見て、考え直すというような。

それからコラムとかブログとかという形で、
インターネット上に公開するようになっていったと思います。
僕としては、自分を振り返る意味もありますけど、
こういう文章を読んでくれた人に、
何がしか伝えられることがあったらいいなって感じ。

だから、「今日は何々がありました、終わり」じゃなく、
何があって、その時どういう気持ちだったかとかを残したい。
って思うんですね。



よくよく考えると、この忘れるっていうことって
「鈍感力」につながることなのかも?と。


恋人同士や夫婦でもそうなんですけど、
相手に求めすぎたり、細かく指摘しすぎたりすると
だいたい関係が悪くなるでしょ?

元々、一緒に生活してなかった人が一緒に住んだり、
別のところに生まれた人同士が一緒に居るんだから、
自分とは違うのは当たり前なわけだし、
自分とは考え方も違う別の人間なわけなので。

ある程度、余裕というか自由度がないと、
息が詰まってしまって、悪い方向に行きかねません。

僕も前は結構言ったりしてしまうこともありましたけど、
結構、目をつぶってる部分はあると思うし、
向こうも目をつぶってる部分はあると思います。

関係を長く続けるには許すことも必要なんですね、たぶん。
そして、それはお互いギブアンドテイクの関係で無いと
長く続けることは難しいのではないかと思います。

一方通行的だと、たぶんどこかで無理が出てきますね。

それって、たぶん子育ててでも同じかなって思いますし、
会社生活や、バレーなどのクラブ活動なんかもそうですね。

僕、いろんな人を見てきてるので
パッと見れば、この人どんな生活してるかって、大抵わかります。。


また、相談ごととかたくさん受けることが多いんですけど、
聞くだけでも解決しそうな問題に対しては
聞いてあげてれば何とかなりますよね。

困難な内容に対しては、何か1つのポイントを絞って
とっかかりやきっかけを与えるようにするとか。

話し自体は全部聞いてますけど、全部を覚えてる必要はないので、
そんな時、自分の中のフィルタが重要な役割なんでしょう。
そのフィルタの感度や性能っていうのが、
その人の人間性を左右するのかなって思ったりもします。

こんな事書いたら、相談してきてくれる人に
怒られちゃいそうですけど・・

言わなくていい事は言わないし、
聞かなくてもいい事は聞かない主義。
必要以上に自分が関与する必要はないんですよね。
そのバランスというか程度の見極めは重要ですね。

そして、どうしても言っておかなくちゃならないことは
どうしてもいっておかなくちゃならないタイミングで言う!
このタイミングって結構難しいけど・・
チャンスを見極める目、みたいなもんですか。


あとは、僕は元々、人のよいところを見るほうなんですね。
悪いところはそんなに気にならないっていうか。

なので、初対面の人と話すのにあまり抵抗は無く、
また、すぐ人を好きになってしまいますね。
いや、不倫とかっていう意味じゃないですから。。


で、これらを総合すると、
「思いやり」ってことなのかなって思います。

「鈍感」である必要があるところと
「敏感」である必要があるところの使い分け。

これが上手くできる人は、人にも好かれるんじゃないでしょうか?


血液型でO型の人が人気があると言われるのは、

おおらかな感じだったり、くよくよしないとこだったり、
周りとの調和を考えて行動したり・・っていうとこですよね?

別に血液型で人が分けられるなんて思ってませんが、
こういった性格を身につけられれば、
人に好かれるようになるのかなっていう気もします。
人間誰しも、嫌われようと生きている人なんていないでしょ?


性格って、その人が本気になりさえすれば変えられます。
人を変えるのは難しいけど、自分を変えると
周りも変わってくるものです。

自分をその時と状況によって使い分けられるっていうか。


そういった中で、「鈍感力」っていうのは
生きていく上で大切な能力なのかもしれませんね。。


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